パソコンの中に残っていた古い資料を整理していました。
何気なくフォルダーを開くと、懐かしいPowerPointの資料が出てきました。
「企業活動のキホン」
「改善活動のキホン」
昔、私が作った研修資料です。
一枚ずつ見ているうちに、当時、新人たちに話していたことを思い出しました。
利益のこと、4Mのこと、問題意識や当事者意識のこと。
いろいろなことを資料に書いていました。
でも、今になって振り返ってみると、その前に私が大事にしていたことがありました。
それは「現状把握」です。
改善しようと思ったら、まず今どうなっているのかを知る。
当たり前のことのようですが、私は現場で何度も、この難しさを経験しました。
部下から報告を受けて、何かがおかしいと思った
管理する立場になってから、部下から現場の問題について報告を受けることがありました。
あるとき、その報告を聞きながら、私は少し違和感を持ちました。
「仕事の流れを、本当に分かっているのだろうか」
報告そのものが間違っているというより、なぜこの工程がおかしいのか、その原因まで見えていないように感じたのです。
資料や数字だけを見ていると、それらしく説明できることがあります。
でも、製造現場の仕事は、一つの工程だけで完結しているわけではありません。
前の工程から物が来て、作業をして、次の工程へ流れていきます。
一部分だけを見ていると、本当の問題を見落とすことがあります。
私は報告だけで判断せず、現場を見ることにしました。
そこで見えたものは、報告から受けていた印象とは違っていました。
「報告と現状が違う」
この経験は、私の中に強く残りました。
私が三現主義に徹していた理由
それから私は、より三現主義に徹するようになりました。
現場、現物、現実。
何か問題が起きたら、できるだけ現場へ行く。
実際の物を見る。
そこで何が起きているのかを自分の目で確かめる。
もちろん、報告が必要ないということではありません。
管理する立場になれば、すべてを自分一人で確認することはできません。部下からの報告も必要です。
ただ、報告を聞いただけで分かったつもりになるのは危ない。
私はそう考えるようになりました。
現場へ行ってみると、資料では分からなかったことが見えることがあります。
やりにくそうに作業している人がいる。
手待ちになっている人がいる。
何度も同じ場所を行き来している。
「昔からこうやっています」
そんな言葉が出てくることもあります。
一つひとつは小さなことです。
でも、その小さなことの中に、改善の入口がありました。

「なぜ、この工程がおかしいのか」
私は、問題が起きている工程だけを見るのではなく、仕事の流れを見るようにしていました。
なぜ、この工程がおかしいのか。
前の工程はどうなっているのか。
次の工程には、どんな影響が出ているのか。
現場で起きていることを見ながら考える。
すぐに答えが見つかるとは限りません。
むしろ、現場へ行ったことで、最初に考えていた原因とは違うことに気づく場合もありました。
以前の記事で書いた、段取り替えを改善したときもそうでした。
製品が変わるたびに、必要な部品を取りに行く。
その間、仕事の流れが止まっている。
それに気づいたことから、必要な部品や工具をあらかじめ準備しておくキッティングにつながりました。
結果として、残業を増やさず、生産数は以前の約115%になったと記憶しています。
最初から「キッティングをやろう」と考えて現場を見ていたわけではありません。
現場で何が起きているのかを見る。
そこで気づいたことから行動をとる。
私の改善は、そういう順番だったのだと思います。
新人に資料を渡しても、それだけでは分からない
古い研修資料を読み返していて、もう一つ思い出したことがあります。
新人教育です。
当時の私は、「企業活動のキホン」や「改善活動のキホン」といった資料を作って、新人に説明していました。
今見ると、いろいろなことが書いてあります。
利益、4M、問題意識、当事者意識、日常改善。
作った本人ですから、当然、内容は分かっています。
でも、新人は違います。
新人にとっては、資料を読んだだけでは分からないことがほとんどです。
だから私は、いきなりこちらから説明するのではなく、
「この資料の、何が分からないのか」
そこを確認することから始めていました。
今考えると、これも私なりの現状把握だったのかもしれません。
こちらが、
「ここまでは分かっているだろう」
「これは説明しなくても大丈夫だろう」
と思って話を進めても、相手が同じところに立っているとは限りません。
何が分かっていて、何が分からないのか。
まず、そこを知らなければ、どこから話せばいいのかも分かりません。
現場の改善も、新人教育も、私がやっていたことは意外と似ていました。
分かったつもりにならない
昔作ったPowerPointを眺めながら、そんなことを思い出しました。
当時の私は「三現主義」という言葉を使っていました。
現場、現物、現実。
言葉にすると、それだけです。
でも30年以上仕事をしてきて思うのは、これを続けることは意外と簡単ではなかったということです。
忙しくなれば、報告だけで判断したくなります。
管理する立場になれば、自分で現場へ行かなくても情報は入ってきます。
経験が増えれば、
「たぶん、こういうことだろう」
と自分の経験だけで判断してしまうこともあります。
私にも、そういうことはありました。
だからこそ、何かおかしいと感じたときには、現場へ行く。
現物を見る。
実際に何が起きているのかを確認する。
そこから考えるようにしていました。
古い資料を見ながら、今になって気づいたこと
パソコンの中で眠っていた昔の研修資料。
作った当時は、新人に仕事の基本を伝えるための資料でした。
でも、定年を迎えた今の自分が読み返してみると、少し違って見えます。
私は新人に「現状把握しなさい」と教えたかっただけではなかったのかもしれません。
自分自身が現場で、
「聞いていた話と違う」
「思っていた原因と違う」
という経験をしてきたから、まず自分で確かめることを伝えたかったのでしょう。
新人教育でも同じでした。
資料を渡して説明する前に、その人が何を分かっていないのかを確認する。
改善でも同じでした。
答えを決めてから現場へ行くのではなく、まず現場を見る。
今振り返ると、私はずっとそんな仕事の仕方をしてきたのだと思います。
現場に行けば、必ず答えが見つかるわけではありません。
見ても分からないこともあります。
それでも、報告だけを聞いて「分かった」と思っていたときより、一歩だけ本当の姿に近づける。
古いPowerPointを閉じながら、そんなことを考えていました。
改善を始める前に、まず今を知る。
私にとっての「現状把握」は、そこから始まっていたようです。



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