若手が話してくれない|「特にありません」の向こう側にあったもの

現場で学んだこと

「何か気になることはない?」

そう聞くと、少し間を置いて、

「特にありません」

と返ってくる。

「困っていることは?」

「大丈夫です」

そこで会話は終わります。

管理する立場になって若手と接するようになった頃、私はこんなやり取りに何度も戸惑いました。

会議でも同じでした。

「何か意見ある?」

そう聞いてみても、若手からなかなか声が出ない。

こちらとしては責めているつもりなどありません。

むしろ、いろいろな意見を聞きたい。

困っていることがあれば力になりたい。

そんな気持ちでした。

それなのに話してくれない。

当時の私は、心のどこかで思っていました。

「もう少し自分から話してくれたらいいのになあ」

でも、今振り返ると、少し順番が違っていたのかもしれません。

若手に「話してほしい」と思う前に、

私は「話しても大丈夫」と思ってもらえていただろうか。

そんなことを、今になって考えます。

私は「話を聞いているつもり」だった

管理者になれば、部下とのコミュニケーションが大切だということは分かっていました。

朝、顔を合わせれば声をかける。

仕事の様子を見る。

必要があれば個別に話をする。

会議では意見も聞く。

自分では、それなりにやっているつもりでした。

ところが、ときどき不思議なことがありました。

私には、

「特に問題ありません」

と言っていたのに、あとになって別の人から、

「あの件、本人は少しやりにくいと思っているみたいですよ」

と聞くことがあるのです。

「えっ、そうなの?」

そのたびに私は驚きました。

だったら、あのとき言ってくれればよかったのに。

最初は、そう思っていました。

でも、そんなことが何度かあるうちに、

「なぜ言わなかったんだろう」

ではなく、

「なぜ私には言えなかったんだろう」

と考えるようになりました。

似ているようで、この二つはまったく違う問いでした。

「どうせ言っても変わらない」

「どうせ言っても変わらないと思っていました」

そんな言葉を耳にしたとき、少し胸に刺さるものがありました。

何も考えていなかったわけではない。

意見がなかったわけでもない。

言わなかっただけだった。

なぜだろう。

そこで、自分の普段の受け答えを振り返ってみました。

部下から何か意見が出たとき、

「それは難しいな」

「前にもやったけど駄目だったよ」

「今のやり方で問題ないんじゃないか」

そんなふうに、すぐ答えを返していなかっただろうか。

私としては、経験から理由を説明しただけだったのかもしれません。

けれど相手から見れば、

「言っても否定される」

「どうせ変わらない」

と感じていた可能性があります。

こちらは「聞いた」と思っている。

でも相手は「聞いてもらえなかった」と感じている。

コミュニケーションとは難しいものです。

私はこの頃から、

自分が何を言ったかより、相手にどう伝わったか

を少し意識するようになりました。

「何か意見ある?」を少し変えてみた

それから私は、聞き方も少し変えてみました。

会議でいきなり、

「何か意見ある?」

と聞く。

考えてみれば、これはかなり答えにくい質問です。

周りには経験の長い先輩がいる。

目の前には上司がいる。

そこで若手が、自分だけ違う考えを口にする。

私が思っていた以上に勇気が必要だったのかもしれません。

そこで、

「一つだけでいいんだけど、何か気になるところない?」

「感想でもいいよ」

そんなふうに聞くことを意識しました。

すぐに答えが返ってこなくても、少し待つ。

そして何か意見が出たら、すぐに良い悪いを決めない。

「なるほど」

「そういう見方もあるね」

まず受け止めてみる。

ほんの小さなことです。

これだけで職場が劇的に変わった、という話ではありません。

でも、私自身の見方は少し変わりました。

「若手が話さない」のではなく、

「話しにくい何かがあるのではないか」

と考えるようになったのです。

管理者だから答えを持たなければ、と思っていた

もう一つ振り返ると、私自身が少し肩に力を入れすぎていたようにも思います。

管理者なのだから、部下より分かっていなければならない。

迷っているところを見せてはいけない。

質問されたら答えなければならない。

どこかで、そんなふうに考えていました。

でも、現場では管理者がすべてを知っているわけではありません。

実際にその仕事をしている人にしか見えないことがあります。

若手だからこそ気づく違和感もあります。

それなら、

「私はこう思っているんだけど、どう思う?」

「正直、私も迷っているんだ」

と言ってもいい。

自分の失敗を話してもいい。

管理者が完璧な人を演じるより、

一緒に考える人でいるほうが、話しやすいこともある。

そんなことにも少しずつ気づきました。

小さな意見を、一度やってみる

このことは、現場の改善とよく似ています。

「ここ、少しやりにくいです」

「こうしたほうが早いと思います」

そんな小さな声が出たとき、

「昔からこのやり方だから」

で終わらせれば、そこで話は止まります。

でも、安全や品質に問題がないなら、

「じゃあ、一回やってみようか」

と試してみる。

駄目なら戻せばいい。

良ければ続ければいい。

小さなPDCAです。

実際にやってみて、

「こっちのほうがやりやすいですね」

となれば、意見を出した本人にも一つの経験が残ります。

自分が気づいた。

自分が言った。

誰かが聞いてくれた。

そして、現場が少し変わった。

この小さな成功体験は大きいと思います。

一度、

「言ってみてよかった」

と思えれば、次は少し話しやすくなる。

反対に、何度言っても何も変わらなければ、

「どうせ言っても変わらない」

になってしまいます。

私は、人を育てるということも、ここにあるのではないかと思うようになりました。

答えを教えることだけではない。

自分で気づき、考え、それを言葉にする経験を増やしていく。

その土台をつくることも、管理者の仕事だったのだと思います。

今になって分かった「コミュニケーションの土俵」

昔の資料を読み返していると、

「コミュニケーションの土俵」

という言葉が出てきました。

若い頃なら、少し難しい言葉だと思って読み流していたかもしれません。

でも今は、何となく分かります。

雑談ができることだけが、コミュニケーションではありません。

仕事で困ったときに、

「ちょっといいですか」

と言える。

分からないときに、

「分かりません」

と言える。

上司と違う意見でも、

「私はこう思います」

と言える。

そして管理者も、

「そういう考え方もあるのか」

と受け止められる。

そんな関係があって初めて、仕事をするための「土俵」ができるのだと思います。

私は若手に、

「もっと話してほしい」

と思っていました。

でも今思えば、その前に、

「この人になら話しても大丈夫」

と思ってもらえる自分でいることのほうが先だったのかもしれません。

まとめ

「特にありません」

当時の私は、この言葉を聞くたびに、

「何を考えているのか分からないな」

と思っていました。

でも、今なら少し違います。

「本当に何もないのかな」

「私には言いにくい何かがあるのかな」

と、一度考えてみると思います。

管理者になると、部下を変えようとしてしまいます。

もっと積極的に。

もっと自分から。

もっと意見を。

けれど、人を変えようとする前に、自分の聞き方や職場の仕組みを少し変えてみる。

それも立派な改善なのだと思います。

おわりに

30年以上の現場を振り返ると、人との関わりでは、後になって分かったことがたくさんあります。

若い頃の私は、人を育てるとは、教えることだと思っていました。

でも今は少し違います。

自分で気づいて、

自分で考えて、

「ちょっと言ってみようかな」

と思える場所をつくること。

そして、その小さな声を聞き流さず、一緒に考えてみること。

それも人を育てることなのだと思います。

明日の会議で、

「何か意見ある?」

ではなく、

「一つだけ、気になっていることない?」

と聞いてみる。

すぐに返事がなくても、少し待ってみる。

そのくらいからでいいのではないでしょうか。

現場は、大きな一歩で変わるとは限りません。

小さな一言から変わることもあります。

今なら、そんなふうに思います。

🍀 今日のひとこと

「話してほしい」と思う前に、「話しても大丈夫」と思ってもらえる自分でありたい。

📖 今日の学び

人を育てることは、答えを教えることだけではありません。

自分で気づき、考え、それを口にしてみる。

その小さな経験を積み重ねることが、考える力を育てていくのだと思います。

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