妻が突然、
「大変だよ! とんかつ赤城が27日で閉店だって!」
と言いました。
えっ、赤城が閉店?
もう10年以上、行列がすごくてなかなか行けずにいました。
すると妻が、
「この際だから、並んででも食べてきたら」
と言ってくれました。
それなら行こう。
これが、久しぶりに相模原千代田の「とんかつ赤城」へ行くことになった始まりです。
私にとって赤城は、ただのおいしいとんかつ屋さんではありません。
20年以上前から、ずいぶんお世話になった店です。
これが最後になると思い、朝10時に赤城へ向かいました。

昔は週に2回、お弁当をお願いしていました
私が単身で全国を回るようになる前、赤城には本当によく通っていました。
その頃は、まだ今のような大行列ではありませんでした。電話をして、お弁当を作ってもらうこともできました。
たしか週に2回くらいはお願いしていたと思います。
店で食べるときに注文するのは、カツカレーか特選ロース。私はこの2品しか頼みません。
店がいっぱいのときには、隣にあった旦那さんの居酒屋のほうで食べさせてもらったこともありました。
あの頃の女将さんは、いつも和やかに注文を受けてくれていました。
その後、私は仕事で北海道、名古屋、大阪など全国を回るようになりました。
各地へ行くと、
「赤城みたいなとんかつ屋さん、ないかなぁ」
と探したものです。
難波の地下で少し似た感じの店を見つけたこともありました。
でも、やっぱり赤城なんですよね。
大きなお皿を持って、家族の分を作ってもらったことも
単身で全国を回っていた頃、たまに実家へ帰れることがありました。
そんなときは、大きなお皿を持って赤城へ行き、家族で食べる分を作ってもらったこともあります。
4人前くらいだったと思います。
それを大皿に盛ってもらい、そのまま持ち帰って家族で食べるんです。
今のような大行列になる前だからできたことなのかもしれません。
電話でお弁当をお願いしたり、店でカツカレーや特選ロースを食べたり、実家へ帰れば家族の分まで作ってもらったり。
振り返ってみると、ずいぶんお世話になりました。
ちょっと辛口な女将さんも、私は好きでした。
だから私にとって、とんかつといえば赤城なんです。
朝10時で48番目。ギリギリでした

店に着いたのは朝10時ごろでした。
すでに長い行列ができていました。
その日の受付は50名まで。私は48番目でした。
本当にギリギリです。
娘さんが順番に回ってきて、
「14時くらいになります」
とのこと。
トイレに行くときの離脱についての説明もありました。
4時間か……。

普段なら、食事をするために4時間も並ぶことはないと思います。
でも、この日は帰る気にはなりませんでした。
並んでいる間、妻とLINEでやり取りをしていました。
列の進み具合を見ながら、
「10人1時間だね」
「帰ってる人多し」
なんて送っています。
そして13時57分。
「次です!」
と送りました。
もう、お腹はペコペコです。
並んでいる人にも、それぞれの赤城がある

4時間も並んでいると、周りの人たちの話も自然と耳に入ってきます。
聞いていると、皆さんそれぞれに赤城への思いがあるようでした。
「ああ、みんな赤城が好きなんだなぁ」
そんなことを思いながら待っていました。
途中、娘さんと話す機会もありました。
昔よく来ていたことを話しているうちに、私もいろいろと思い出しました。
「おばあさんも店には入らず、裏口のほうで手伝ってましたよね」
そう話すと、
「よく覚えてますね」
と言われました。
そんな話をしている中で、娘さんが、
「母はもう80なんですよ。ちょっと耳も遠くなってきて」
と話してくれました。
そうか、もう80歳なんだ。
私がよく通っていたのは20年以上前です。
考えてみれば、それだけの時間がたっているんですよね。
それでも女将さんは、今も厨房に立っています。
覚えているんですよね。
当時は特別なことだなんて思っていませんでした。
電話をして弁当を頼んで、店ではカツカレーや特選ロースを食べる。店がいっぱいなら隣で食べさせてもらう。
そんなことが、私にとってはいつもの日常でした。
それが20年以上たった今でも、ちゃんと記憶に残っています。
4時間後、昔と変わらない店の中へ
ようやく順番が回ってきました。
久しぶりに店の中へ入ります。
懐かしい。
店の中は何一つ変わっていません。
カウンターも、店の雰囲気も昔のままです。
そしてカウンターの向こうには、女将さんがいました。
娘さんから80歳になったと聞いたばかりでした。
昔より、ずいぶん小さくなったように感じました。
それでも厨房に立って、とんかつを作っています。

店に貼られていた「閉店のお知らせ」には、45年間営業を続けてきたと書かれていました。
80歳で、45年。
よく頑張ったな。
女将さんを見ながら、そんなことを思いました。
女将さんの「忘れちゃった!」

娘さんが厨房にいる女将さんに、私のことを話してくれました。
「昔、よく来てくれてたんだって」
すると女将さんから返ってきたのは、
「忘れちゃった!」
の一言。
そりゃそうですよね。
20年以上も前に通っていた、一人のお客です。覚えていなくて当然です。
でも、私は忘れていません。
北海道でも名古屋でも大阪でも、似たような味のとんかつ屋さんがないか探していたくらいですから。
それにしても「忘れちゃった!」とは。
ちょっと辛口な女将さん。
やっぱり好きですね。
最後は特選ロース。そしてアジフライも

今回注文したのは特選ロースです。
それとは別に、アジフライを2枚お願いしました。
どうしても妻にも赤城の味を食べさせたかったからです。
赤城は、とにかく何でも量が多い。
食べきれない人はパックに入れて持ち帰る方式です。
今回も全部は食べきれず、特選ロースを半分とアジフライを1枚持ち帰りました。
妻へのお土産です。
昔は大皿を持って行って、家族で食べる分を作ってもらいました。
今回は妻に食べてもらおうと、特選ロースとアジフライを持って帰りました。
そう考えると、最後も持ち帰りでしたね。
よく頑張ったな、女将さん
4時間待って、最後にもう一度食べることができました。
店の中は何一つ変わっていませんでした。
でも、女将さんは昔より小さくなっていました。
45年です。
その間、どれだけのとんかつを揚げてきたんでしょうね。
女将さんは私のことを、
「忘れちゃった!」
と言いました。
そりゃそうです。
でも私は、赤城のことを忘れません。
カツカレーも、特選ロースも、電話で作ってもらったお弁当も、大皿を持って家族の分を作ってもらったことも。
店がいっぱいで、隣の居酒屋で食べさせてもらったことも。
全国を回りながら、似た味を探したことも。
そして最後に、妻へ持って帰った特選ロースとアジフライも。
よく頑張ったな、女将さん。
これからは旅行でもして、ゆっくり休んでくださいね。
今まで本当にありがとうございました。



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