「ちゃんと話したはずなんだけどな……」
30年以上仕事をしてきて、そんなふうに思ったことが何度もありました。
朝はこちらから「おはよう」と声をかける。
仕事の進み具合を聞く。
必要なことはミーティングでも説明する。
自分では、それなりに部下とコミュニケーションを取っているつもりでした。
ところが、
「聞いていません」
「そういう意味だとは思いませんでした」
と言われることがありました。
そんなときは、初めから説明し直さなければなりません。
「ちゃんと説明したのに、なぜ伝わっていないんだろう」
そう思ったこともありました。
でも、管理職として部下と接する時間が長くなるにつれて、少しずつ考え方が変わっていきました。
自分が話したことと、相手に伝わったことは、同じではない。
今振り返ると、私はそこを分かっているようで、分かっていなかったのだと思います。
「何か意見はありませんか?」
会議で、
「何か意見はありませんか?」
と聞くことがありました。
でも、なかなか意見が出てこない。
そんな経験は何度もあります。
管理する側からすれば、
「せっかく意見を聞いているのだから、何か言ってくれればいいのに」
と思ってしまうこともあります。
でも私は、発言できない側の気持ちも分かりました。
なぜなら、自分もその口だったからです。
意見がないわけではありません。
何か考えていることはある。
でも、その場で急に聞かれると、それを短い時間でどう伝えたらいいのか分からない。
頭の中にはあるのに、うまく言葉にできないことがあります。
私自身にも、そんな経験がありました。
そう考えると、会議で黙っている人を見て、
「意見がない」
と決めつけることはできませんでした。
もしかしたら、考えているけれど、まだ言葉になっていないだけかもしれません。
うまく話してもらうことが目的ではなかった
人に何かを伝える方法として、PREP法のような話の組み立て方があります。

結論から話して、理由を説明して、具体例を出して、最後にもう一度結論を伝える。
分かりやすく伝えるためには、そうした方法もあると思います。
でも、現場で部下の話を聞くとき、私は必ずしもきれいに話してもらう必要はないと考えるようになりました。
話が途中で戻ってもいい。
少し時間がかかってもいい。
言葉に詰まってもいい。
まず、
「この人は何を伝えたいのだろう」
そこを聞くようにしました。
うまく話せないからといって、考えていないとは限りません。
むしろ、こちらが急いで結論を求めることで、本人が本当に言いたかったことが出てこなくなることもあるのではないか。
そんなふうに考えるようになりました。
「聞いていません」と言われて気づいたこと
これは会議だけの話ではありませんでした。
こちらが仕事について説明したあと、
「聞いていません」
と言われる。
あるいは、
「そういう意味だとは思いませんでした」
と言われる。
以前なら、
「説明したはずなんだけどな」
という気持ちが先に出ていたかもしれません。
でも、相手に伝わっていなければ、仕事の上ではもう一度説明する必要があります。
こちらが「言ったかどうか」と、相手に「伝わったかどうか」は別です。
自分では分かりやすく説明しているつもりでも、相手には違う意味で伝わっていることもあります。
こちらにとって当たり前の言葉が、経験の浅い人には分からないこともあります。
だから、話すだけではなく、
「どういうふうに受け取ったのだろう」
というところまで見なければならなかったのだと思います。
コミュニケーションは会話の量だけではなかった
管理職になると、
「部下とコミュニケーションを取らなければ」
と考えます。
私もそうでした。
朝のあいさつをする。
声をかける。
仕事の進み具合を聞く。
ミーティングをする。
もちろん、どれも必要なことだったと思います。
でも、それをやっているからコミュニケーションが取れているとは限りませんでした。
たくさん話していても、仕事に必要なことが伝わっていないことがあります。
逆に、あまり話すのが得意ではない人でも、考えていることはあります。
大事なのは、会話の量ではなく、
「何を伝えようとしているのか」
をお互いに確認できることだったのかもしれません。
「何かない?」だけでは難しかった
改善活動でも似たことがありました。
「何か改善するところはない?」
そう聞かれても、すぐに答えるのは難しいものです。
「何か意見はありませんか?」
という質問も同じだったのかもしれません。
質問する側にとっては簡単な一言です。
でも、答える側からすると、範囲が広すぎます。
何について話せばいいのか。
どこまで話せばいいのか。
うまくまとめて話さなければいけないのか。
私自身、短い時間で自分の考えをまとめて伝えることが難しいと感じた経験があります。
だから、部下の話を聞くときも、すぐに答えを求めるのではなく、話をかみ砕きながら聞くようにしました。
時間がかかってもいい。
話を聞きながら、
「何を伝えたいのだろう」
と考える。
こちらから質問しながら、一緒に整理していく。
そうしていくと、最初はうまく言葉にならなかったことが、少しずつ見えてくることがありました。
自分が話せなかったから分かること
管理職になると、どうしても「話を聞く側」になります。
すると、いつの間にか、部下には分かりやすく報告してほしい、簡潔に話してほしいと思ってしまいます。
もちろん、仕事ですから分かりやすく伝えることは必要です。
でも、私は自分自身がうまく話せない側だったことを忘れないようにしていました。
頭の中では考えている。
でも、うまく整理できない。
何から話せばいいのか分からない。
短い時間で説明しようとすると、余計に言葉が出てこない。
そんなことは私にもありました。
だから、部下が話し始めたときに、
「結局、何が言いたいの?」
と急いで答えを求めるのではなく、少し時間をかける。
それで仕事がすぐに早くなるわけではありません。
むしろ、その場だけを見れば時間がかかります。
それでも、その人が何を考え、何を伝えようとしているのかを知るためには、その時間も必要だったのだと思います。
「伝える」と「伝わる」の間にあったもの
30年以上の仕事を振り返っても、私はコミュニケーションが上手な管理職だったとは思いません。
「ちゃんと説明したのに」
と思ったこともあります。
相手から、
「聞いていません」
と言われたこともあります。
会議で意見を求めても、なかなか言葉が出てこないこともありました。
でも、自分自身も同じでした。
聞かれても、その場ですぐに自分の考えをまとめられない。
短い時間では、どう伝えていいのか分からない。
そういう自分だったから、部下が言葉に詰まっているときの気持ちも少しは分かったのだと思います。
話しているのに伝わらない。
その原因を、私は以前、相手の理解の仕方に求めていたことがあったのかもしれません。
でも今振り返ると、こちらの説明の仕方や、聞き方にも理由があったのでしょう。
時間がかかっても、まず聞く。
うまくまとまっていなくても、
「この人は何を伝えたいのだろう」
と考えながら聞く。
それだけで、すべてがうまくいったわけではありません。
それでも私は、部下とのコミュニケーションで迷ったとき、自分も「うまく話せない側」だったことを思い出すようにしていました。
伝えるのが苦手なのは、部下だけではありません。
私も同じだったのです。



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