定年退職の日が、少しずつ近づいてきた。
とはいえ、生活が急に変わるわけではない。いつも通り会社へ行き、いつも通り仕事を始め、その日の仕事を一つずつ片付ける。特別なことは何もない。
正直、この時期はもっと感傷的になるものだと思っていた。でも実際は拍子抜けするくらい普通だ。会社の時計は今まで通りに進むし、自分もいつも通り、目の前の仕事をこなしている。
「淡々と」というのが、案外しっくりくる
長く会社員をやっていれば、順調な日もあれば、そうじゃない日もある。忙しい日、気持ちが沈む日、いろいろあった。それでも会社へ行って、仕事をする。その繰り返しが積み重なって、今につながっている。
考えてみれば、会社生活のほとんどは特別な日じゃない。何でもない日を何十年も積み重ねてきた、それだけのことだ。だから最後が近づいた今も、いつも通り仕事をする。それが自分らしいのかもしれない。
「あと何回だろう」とふと思う

以前と少し違うのは、何気ない一日に対する見方かもしれない。
これまでは、今日が終われば明日が来る、それが当たり前だった。仕事が終われば「また明日」、週末になれば「また来週」。何十年もそうしてきた。
でも今は、その「また明日」がいつまでも続くわけじゃないと知っている。だからだろうか、ふと「会社員としてこの仕事をするのは、あと何回だろう」と考える瞬間がある。
寂しいような、ほっとするような、これからへの期待もあるような。うまく言葉にできない気持ちだ。実際にこの時期を迎えてみないと分からない感覚だと思う。
先日のランチの話とつながって
先日、以前一緒に働いていた人たちとランチをする機会が増えていることを書いた。忙しい中、時間を作って会いに来てくれる。あの話を思い出しながら、最近はこの何でもない日々の仕事についても、少し考えるようになった。
人とのご縁も大切だったし、何でもない普通の一日も、実は大切だったんじゃないか。会社生活というと、大きな仕事や印象的な出来事ばかり思い出しがちだけど、本当はこういう淡々とした日々の積み重ねこそが、会社生活そのものだったのかもしれない。
最後だからといって、無理に何かを変える必要はない気がする。最後まで自分らしく、いつも通りで。
そんなふうに締めくくれたら、それでいいと思っている。



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